大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1699号 判決 1965年2月12日

控訴人 日伸運輸株式会社

右代表者代表取締役 大谷福一

右訴訟代理人弁護士 松本正一

同 寺浦英太郎

同 前原仁幸

被控訴人 香山巌

右訴訟代理人弁護士 竹内信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人が昭和三六年五月一一日播磨鉄鋼に雇傭され、その従業員として同年五月三〇日金六、〇〇〇円同年六月二九日金一六、五〇〇円同年七月二九日金一六、六〇〇円の各給料の支払を受けたが、播磨鉄鋼は、同年七月二九日被控訴人に対し同日限り解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争のないところである。

被控訴人は、播磨鉄鋼の右解雇は被控訴人の思想信条による差別としての解雇で、無効である旨主張するので、先ずこの点について判断する。

≪疏明省略≫を綜合すると、次の事実が一応認められる。即ち、播磨鉄鋼は商事部と運輸部との二営業部門に分れ、前者の部門においては鉄鋼材、鉄鋼二次製品の売買等の事業を、後者の部門においては港湾運送及び回漕陸運荷役等の事業を営んでいたものであったこと。被控訴人は、現在三七歳であるが、一六歳のとき満蒙開拓青少年義勇軍を志願して渡満したが、敗戦後は初め日本人会の病院に勤め次いで中共人経営の製紙工場の建設やその作業員として労働に従事し、昭和三三年六月漸く日本へ引揚げて来、肩書住居に居住して製麺工場に勤務していたが、給料が安く妻子三人家族の生活を支えるのに困惑していたこと、被控訴人は共産党員で、衆議院議員選挙に共産党員の応援をしたり、又隣保の寄令等で中共の現状を語り中共の過去と現状の相違を説明したこともあったこと、播磨鉄鋼の運輸部に属する網干工場の班長をしていた訴外川副悦正は、被控訴人と向合せの町営住宅に居住し同一隣保に所属していたので、被控訴人の右言動を知っていて、被控訴人を共産党員又はその同調者と考えていたこと、かねて、被控訴人の妻が川副悦正の妻に被控訴人の就職の依頼をしていたため、川副悦正の従兄に当る訴外川副政敏が播磨鉄鋼網干工場の現場監督として労務者の採否の権限をもっていたので、川副悦正から川副政敏に被控訴人を紹介し、政敏が被控訴人に面接して同工場の常傭雇として必要な資格につき一応審査をしその採用を決定したが、その際、政敏は被控訴人に対し原則として三ヶ月の試傭期間を経れば本採用になることを告げたこと、被控訴人は、播磨鉄鋼の労働に耐えられるかどうか又政治信条の点で同会社が自分を採用してくれるかどうか不安があったので、前記事情を知っている悦正に右の点につき危惧の情を述べたところ、悦正は、被控訴人に対し、被控訴人の体質に向いた仕事に配属できるし、自分が黙っておれば知れない、自分や会社に迷惑をかけないようにしてくれればよいと言って引受けたこと、被控訴人は昭和三六年五月一一日播磨鉄鋼に就職してから真面目に働いていたが時々同職場の他の労務者に中共の労働事情を語ったり労働者の権利擁護のため同会社の労働者も労働組合を組織する必要があることを力説していたこと、被控訴人は同年七月二九日政敏から突然解雇の申渡を受け、意外に思いその理由を質したところ、被控訴人が三〇歳を過ぎていること、本採用になると重量の危険を伴う仕事に従事しなければならないが、被控訴人の身体では危険と思われるということであった。ところが、同会社の労務者中には三〇歳をこえた者が相当おり、被控訴人を採用した際被控訴人の提出した履歴書により被控訴人が三〇歳をこえていたことは同会社も十分知っていた筈であり又同会社の作業は重量で危険を伴うものであるが被控訴人でも十分従事し得る仕事も少くなかったのであって、被控訴人としても自分の体力で同会社の労務に耐え得ると信じていたので、同会社の納得のゆく説明を要求したが、悦正もその場に来て紹介者の自分に迷惑をかけてくれるなと懇請したので、同人等に対しそれ以上追求しなかったこと、同日被控訴人が悦正宅を訪れたところ、悦正が被控訴人に対し自分さえ黙っておれば判らないと思っていたのに気の毒なことになった旨述べたこと、同年七月三一日同会社は被控訴人に対し賃金残額四、五〇〇円(九日分)の外退職手当の名目で二万円を届けたので、被控訴人は右賃金は受領したが、退職手当については同名義で受領することを拒否し一時預ることにしたこと、本件解雇は試傭期間中のそれで解雇予告を必要とせず、同会社網干工場では従来試傭期間中の解雇に対し解雇手当を交付していないのに、本件解雇に対し解雇手当としても三〇日分以上の金額である二万円を退職手当として提供したのは異例であること、被控訴人が解雇理由を質すため同会社代表者に面会を求めたのに対し、同年八月三日頃同会社の運輸部担当の取締役野村孫次が代って被控訴人と面接したが、その際、同人は被控訴人が穏便に退職してくれれば自分個人としてではあるが一〇万円を提供すると申出たこと、被控訴人が本件解雇が不当解雇であるとして播磨鉄鋼の労務者に会社側の横暴なる不当解雇を訴える趣旨を記載したビラを作成して同年八月六日網干工場の労務者にこれを配布したところ、右ビラに年齢三〇歳を過ぎていることが解雇の理由として記載されていたため、同工場の労務者中三〇歳を過ぎている者が不安を感じ川副悦正に質したところ、同人は香山は赤だから首にしたのである旨告げたこと、及び被控訴人はその後現在まで土方をしたり姫路市内の書籍店に臨時に勤める等して妻子三人家族の暮しを立てていることが一応認められる。

してみると、被控訴人に対する右解雇は、表面上は被控訴人が年齢三〇歳を過ぎていること及び本採用になった場合の作業に従事することが危険であることを理由に三ヶ月の試傭期間内に解雇したものであるが、その真相は、被控訴人が職場において労働組合の結成の必要を力説していることが現場監督の川副政敏の聞知するところとなり、調査の結果被控訴人が共産党員であることがわかり、被控訴人を職場に留めておくことは同会社にとって好ましくないものと信じ、本件解雇の手段に出たものと認められる。従って、右解雇は、被控訴人が共産党員であることを決定的理由としてなしたもの、即ち被控訴人の思想信条を決定的理由としてなしたものであって、労働基準法第三条に違反し無効であると認めるのが相当である。

よって被控訴人は播磨鉄鋼の従業員としての地位を有していたものというべきである。

二、ところで、控訴会社が昭和三七年二月一日播磨鉄鋼から同会社の運輸部門の営業譲渡を受けたことは当事者間に争のないところである。

被控訴人は、播磨鉄鋼と被控訴人との労働契約関係は右営業譲渡に伴い控訴会社に承継された旨主張するので更に審究する。

≪疏明省略≫を綜合すると、次の事実が一応認められる。即ち、

播磨鉄鋼は、前記の如く商事部と運輸部との二営業部門に分れ、前者の部門においては鉄鋼材鉄鋼二次製品の売買等の事業を、後者の部門においては港湾運送及び回漕陸運荷役等の事業を営んでいたものであるところ、経営上の都合によりその営業を商事部門(従業員約五〇名)のみにして運輸部門(従業員約三〇〇名)はこれを分離独立することとし、昭和三七年二月一日同部門に関する営業設備資材得意先等営業組織一切を播磨鉄鋼の取締役九名の内四名をその取締役とし播磨鉄鋼がその株式一六、〇〇〇株の内三、〇〇〇株を有するところの同日新たに設立せられた控訴会社に譲渡した(右設立後播磨鉄鋼が控訴会社の全株式を所有していたこともあった)が、その際、右運輸部門で働いていた従業員については現職現給のまま従前の既得権を保持して控訴会社に承継させることとし、この点につき播磨鉄鋼の網干従業員の組織する労働組合の了承を得同部門全従業員も異議なく同意し、その雇傭関係は播磨鉄鋼に対し依願退職の形で同年一月三一日限り終了し翌二月一日付で控訴会社に引き継がれた。ところが、播磨鉄鋼の右労働組合員でなかった被控訴人に対しては右運輸部の廃止に伴う前記の取扱いについて何等の通知もなされなかった結果、被控訴人から控訴会社及び播磨鉄鋼に対し何等の申出もしなかったこと、播磨鉄鋼は、その後同年三月二八日に至り被控訴人に対し運輸部が廃止されて被控訴人を受入れる職場がなくなったことを理由に同月三一日限りで解雇する旨書面を以て通知した、そこで被控訴人は播磨鉄鋼に対し右解雇も無効であると争ったことが一応認められる。

しかして、被控訴人が控訴会社に対し就労せしめるよう申入れたけれども応じられなかったことは当事者間に争のないところである。

ところで、現代の企業においては、一定の物的施設とそこに配置される労務とは相結合して一の有機的組織体を構成し、その労働契約関係は使用者(企業主)が変更しても労務の内容に変更を生ずることなく、使用者の義務についてもその履行は企業そのものによって保障され、雇傭に伴う使用者と労務者との間の人的関係は使用者の個人的要素には影響されず、企業と労務者との関係と化しているから何等特別の変化を生じない。のみならず、企業はその存立のためにその組織内に配置された労務関係がそのまま継続することを要請する。かような事情は相応じて、企業の経営組織の変更を伴わないところの企業主体の交替を意味する如き営業譲渡の合意は、反対の特約がなされない限り、それに伴う労働契約関係を包括的に譲渡する合意を含むものと認められ、右契約が効力を生ずるためには労働者の同意を必要とせず、ただ、労働者は異議あるときは譲受人に対して即時解約ができるものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、本件営業譲渡は、前認定のとおり右譲渡の日新たに設立せられた控訴会社が播磨鉄鋼からその運輸部門に関する設備資材得意先等営業組織一切を譲受け控訴会社の取締役七名の内四名は播磨鉄鋼の取締役をも兼ね控訴会社の株式の内その六分の一は播磨鉄鋼が有する(右設立後播磨鉄鋼が控訴会社の全株式を所有していたこともあった)等企業主体が交替したとはいえ実質的には企業の経営組織の変更がなく、且つ、その従業員について控訴会社に承継させない旨の特段の合意があったことは認められないから、播磨鉄鋼と控訴会社間の右運輸部門の営業譲渡の合意はこれに伴う右運輸部門の全従業員の労働契約関係を包括的に譲渡する合意を含むものと認めるのが相当である。被控訴人が播磨鉄鋼を相手方として右営業譲渡後も地位保全の訴訟につき抗争を続けていたこと、及び、右営業譲渡後播磨鉄鋼から被控訴人に対し書面を以て解雇の意思表示をなしたことは、右認定を妨げる資料とはならず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、被控訴人は、右営業譲渡当時播磨鉄鋼の運輸部における従業員としての地位を有していたことは前認定のとおりであるから、被控訴人の右従業員としての地位も他の従業員と同様右営業の譲渡により当然控訴会社に承継されたものというべきである。この点に関する控訴会社の主張は到底採用することができない。なお播磨鉄鋼から昭和三七年三月二八日被控訴人に対してなされた前記解雇の意思表示は、既に同会社の従業員でないものに対する意思表示であって、何等の効力もないことは明らかである。

三、被控訴人が播磨鉄鋼から一日金五四五円の割合による給料を毎月二〇日に締切り月末日の前日に受領していたことは当事者間に争のないところであって、≪疏明省略≫によると被控訴人は妻子三人家族で右給料を除いては他に定まった収入のないことが一応認められる。

四、してみると、本案判決確定に至るまで仮に被控訴人が控訴会社の従業員であることの地位を保全するとともに、控訴会社は被控訴人に対し右営業譲渡により被控訴人の従業員としての地位を承継した後である昭和三八年三月二一日から右本案判決確定に至るまで一日金五四五円の割合による給料を毎月二〇日締切り月末日の前日に支払う必要性があるものと認める。

五、よって、被控訴人の本件仮処分申請を全部認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野田常太郎 裁判官 柴山利彦 宮本聖司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例